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ヒーリングサロンフォレスト

整体・リフレクソロジー
スピリチュアルカウンセリング

岐阜県多治見市昭栄町30-28
TEL:0572-29-1769

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ブログ - 201707のエントリ

 きみこ担当のスピリチュアルスクール&コーチングクラスを、

大幅に変更することにしました。

その都合で、新規の生徒さんの受付を一旦止めさせて頂きます

 

現在通っている方については従来通り授業をお受け頂けます。

スピリチュアルカウンセリングコースについても、従来通りお受け頂くことが出来ます。

 

スピリチュアルスクール・コーチングを年単位で続ける中、

様々な経験や学びが増え、私自身の考え方も随分変わってきています。

 

特にここ数年の変化はめざましく、

私個人の経験として、古いやり方や生き方から脱皮していくプロセスを踏み続けていました。

そこで、一旦クローズし、全ての枠組みを外してフリーにしてから再構築することにしました(*^-^*)

 

現在手直しをしており8月上旬には完成見込みです。今しばらくお待ちくださいませm(__)m

 

きみこ

 

人は変われる

カテゴリ : 
スピリチュアル
執筆 : 
forest 2017-7-29 11:47

 数年来のスピリチュアルカウンセリングのリピーターさんが、

先日セッションにいらした際にこんなことをお話しくださいました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「前回1月に、90分コースのスピリチュアルカウンセリングを受けた時に描いてもらった

【予備リーディング】の紙を、あれから毎日眺めたり読み返していました。

枕の下に入れて寝たり、目につくテーブルの上に置いたりしていました。

 

それに加え、

数年前からカウンセリングを受けた時にきみこさんから言われた事やお話を思い返したり、

日常の出来事とそれを関連付けて考えていました。

 

すると、何気ない瞬間(例えばテレビを見ている時など)に、

「あ、あの時言われた事ってこういうことなのかしら?」

といった符合や気づきがやって来るようになりました。

この半年間はそれが本当に沢山起こりました。

 

以前の私は人の気持ちを考え過ぎ「周囲の和」を大切にし過ぎるあまり、

無理な要求や嫌な事を断れず一人だけ仕事の負担が大きくなってしまうことが続いていました。

それが今回、初めて仕事の分担を願い出ることができました。

その結果、いつも私だけに振られていた大きな仕事が今年度は分散され、

負担が軽くなり、仕事効率も上がりました。

その分、心から、代わりにやって下さる方々をお手伝いすることで

自分の責任を果たしていくことができています。

 

自分の本当の気持ちを相手に伝えることがずっと怖くてできずにいましたが、

実際にやってみたところ案外相手の反応は軽く、

人間関係か崩れることもありませんでした。

 

それは、他者から見れば小さな出来事ですが私にとってはとても大きな出来事でした。

そうして私は思いました。「ああ、人って変われるんだなぁ」と・・・」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それを伺いながら、お客さまも私も泣いていました。

 

お辛い時期がありました。

長年性格や生き方を変えようと努力なさっていました。

それでもなかなか変われないご自分を卑下なさったり

様々な葛藤を感じていらっしゃいました。

 

 

けれど、人は変われるのですね。

 

 

 

たゆまず心を見つめ続け、

時に疲れたりくじけても、少し休んだらまた自分と向き合い、


人生の責任を他者や環境のせいにはせず、

また、自分自身を責めることもなく、


色々な自分や全ての出来事をあるがままに受け入れようと心を開く。


ものの見方や思考を逆転させていく。


それらを自力でやりながら、

自力ではどうすることもできない部分は、

大いなる天の愛(スピリット=自己の本質)に全託する勇気をもち、

信頼しながら実践し続ける。

 

 

そうしていれば、その方にとって最善最高のタイミングで、

自然に変化していけます。

 

 

 

それを改めて教えて頂き、感動と共に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

 

紫陽花は日々刻々色を変えます。年によっても変化します。

この画像の紫陽花は店回りに咲いたものですが、切る前は毎日色が変化しましたし、

昨年よりグリーン色が強く出て、偶然にも私たちの好みの色合いになってくれました。


自然物は変化します。紫陽花もそうですし、私たち人間も自然物の一つです。

変わらないものはありませんし、必ず変わっていくことを天に保証されているのです。


 

 きみこ

“前向き”について

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-22 8:47

 

2年前から、やたら“前向き”というワードが、僕のライフスタイルの、

しかも真ん中にドーンと座ってて。

ことあるごとに、その言葉が出てて。

 

手相リーディングに、「心が前を向く」をつけたのもそんなところから。

 

なぜ、ここに来て“前向き”なんだろう?

 

前向きって、ずっと前から好きな言葉だったけど、

ぜんぜん目新しい言葉でないし。

 

あえてコースのメインテーマにするくらいの位置づけって、なんだろう?

ソースはどこにあるんだろう?

 

そこで、自分なりに検証。

 

 

「明るい性格」だから

「よくしゃべる」から前向きではないですよね。

 

逆に

「暗い性格」だから

「おとなしい」から前向きじゃない、なんてこともないですよね。

 

前向きに性格は関係ありません。

 

 

前向きに関係するのは思考です。

物事のとらえ方。

 

 

まず、前向きでない時って、どんなときだろう。

考えてみました。

 

すると、真っ先に思いついたのが、

 

「この生き方しかない」

「どうせこうなんだから、仕方ない(ネガティブな諦め)」

と、自分で自分の生き方の道を狭くしてる時。

 

自分の中で思考が錯綜し、

凝り固まって、融通がきかなくなってる時。

 

ほんとはいろんな生き方があっていいのに。

いろんな生き方があるはずなのに。

 

「これしかない」と思うから、

我慢も強くなるし、辛くもなる。

 

でも、本当の意味で前向きって、

いろんな選択肢があるわけで。

どんな選択をしても、「自分は大丈夫」っていう確信めいたものがあるわけで。

 

そこが腑に落とせれば、おそれは随分しぼんでくる。

 

 

僕は、2年ほど前に、プライベートである大きな決断をしました。

それは僕にとって、いや僕ら夫婦にとって、それはそれは大きな決断でした。

 

今になって思えば、その決断をするまで、僕の中で生き方の幅員はかなり狭いものだった。

 

自分の中で、

「自分がやらなきゃダメになる」

っていう思い上がりと、

 

「この生き方しかない。」

じゃあ、

「自分が我慢していくしかない。」

 

という狭い価値観の中での堂々巡りの構図。

 

 

でも、思い切って決断をした時、視界ははるかに広がった。

 

「こんなんなんだ。」

「こんな生き方があっていいんだ。」

「これ以上自分が頑張らなくて良かったんだ。」

 

そして、

「自由に生きていいんだ。」

と。

 

決断からの気づきです。

 

 

前向きって、

心を明るくさせるってだけでなく、生き方の選択肢はたくさんあって、どれを選んでもOKだよ。

選ぶ自由は、自分が握っているだよ。

そんな心のありかたなんじゃないかな。

 

 

僕は整体をさせていただいたり、手相を観させていただいたりする中で、

 

どれだけ多くの方が、自分の生き方の道が狭くなって。

どれだけ多くの方が、心と身体のバランスが崩壊するギリギリのところで踏ん張っているか。

 

を、目の当たりにしてきました。

 

 

ゆえに思います。                 

前向きの大切さを。

 

 

選択するしないは、じつはあまり関係ありません。

 

重要なのは、

生き方の選択肢がいっぱいあって、いつでも自分はひょいっとシフトできるんだ。

操縦かんは自分が握ってるんだ。

 

そんなふうに思えるだけで、心はずっと前に向いていきます。

 

 

yuji

瞑想は難しい??

カテゴリ : 
スピリチュアル
執筆 : 
forest 2017-7-21 13:46

 *随分間が空いてしまいましたが、このブログの続きになります↓

 心が軽くなる幸せ習慣 瞑想について学び深めるメディテーションお茶会 開催しました 

 

 

瞑想を深めるお茶会で参加者さんから真っ先にあがったお声は、

 

「瞑想はハードルが高い気がする」

「日常生活の中に取り入れにくい」

 「瞑想は心や頭を無にする(雑念のない状態で行う)=雑念が湧いたり、

イメージングを取り入れたやり方は瞑想とは呼べないのかな?

だとしたら自分には無理かも・・・」

 

でした。

 

瞑想をどう定義するかは意見が分かれるところですが、個人的には、

『今ここに意識を向ける・今ここを100%生きる』

ことができれば、それはどんな方法を用いていても瞑想だと思っています。

 

たとえば、

・子供が砂場に作った砂山にトンネルを掘っている時。

・やり直しの効かない一発勝負の清書をしている時。

・露天風呂につかり五感で湯や自然や身体の感覚を味わっている時。

・周囲の目や後先を考えずに腹の底からゲラゲラと笑っている時。

そんな瞬間も瞑想的と呼べると思います。

 

※ちなみに、仏教の禅で行う座禅でも「次々湧く雑念を無にする」ことを求めはしません。

雑念が湧いたら、それを認め、かつハマり込んだり捕まえたりせず、あるがままに観て、

右から左へと流します。

また、西洋的な瞑想はイメージングを活用しそちらに意識をフォーカスすることで

結果的に雑念から離れていきます。

 

 

 

そもそも、古今東西昔から覚者と呼ばれる賢者たちが瞑想を薦めている理由は、

【悩みや不安から離れ心安らかになり、

幸せで充実した毎日を生きることができるようになるため】

です。

 

 

悩みや不安の種は、

人間の潜在意識の最奥に潜むエゴ(分離意識=恐れを信じる心=自分は愛されないし恐ろしいことが起こると信じている信念)から生まれています。

それはまるで腐った沼の湖底から沸き上がる毒ガスのようにボコボコと噴出し、

心を害していきます。

 

その沼を完全に浄化したり消し去ることは人間の意志の力ではできませんが、

沼から出て岸辺に立ち観察したりそこにハマり込まないように生きることはできます。

 

でも人は、長年の習慣から(またエゴの性質から)、

沼に浸かり続け毒ガスを吸うことに慣れてしまっているので、

自分がそこから離れて快適な環境で暮らせるとすぐには信じられませんし、

抜け出す方法を知りません。

 

そんなエゴ沼から抜け出す手段の一つが瞑想です。

 

そのように捉えれば、心の中や頭の中の思考が無にならなくても、

イメージングを用いる方法でも瞑想と言えます。

そして、心や思考がざわつき無にならないのは人ならば当たり前のこと。

だからこそやる意義も価値もあります。

 

そう考えれば、なんだかちょっぴりハードルが下がったように感じませんか? 

 

最も簡単な瞑想は、

1. 自分の思考や心の中を観察する

2. 次々やってくる感情や思考、頭の中のおしゃべりをただあるがままに見つめる

 =良い悪いと判断せず、ただ淡々と認識する

3. 認識したら、それを拾い上げたり握りしめたりせず、右から左へと受け流す

 

つまりこういう・・・

  ↓

 

 

 

ね?ますますハードル下がりません?

 

 

きみこ

 

実体があるようでないもの

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-17 16:51

イライラする時、気分が悶々とする時、

ありますよね。

 

そりゃあ、いつも穏やかで、気分よく過ごせればそれに越したことない。

けど、なかなかそうもいかないのが現実。

 

そんなとき、このイライラの原因はどこから来てるんだろう?

少し追跡してみるのもいいかもしれません。

 

「会社の上司が・・・」

「だんなが・・・」

「子供が・・・」

 

それぞれの言い分はあるでしょう。

「それはもっとも」ってこと、おおいにあります。

 

でも、そこ止まりだと、いつまでたっても不快のループから抜け出せません。

 

ほんのちょっと勇気を出して、そこからさらに深堀してみる。

 

すると、ほんとは、相手は関係なかった。

自分も関係なかった。

自分の心が作り出したエゴ(欠乏感や自己卑下感)が根っこにあったんだ。

 

って、気づくこともあります。

 

そこに気づいて、自分の心を癒す。

 

そこのところを、いまのFORESTでは重視しています。

 

 

ほんとは、自分も相手も悪くない。

 

自分という形をした欠乏感・自己卑下感。

あたかも本物のようにみせかけてる、それら幻影のしわざであって、

けっして私の本質ではない。

したがって、自分のせいでも誰のせいでもない。

 

そこに着地点を見出せると、誰も責めることがないので、それ以上イライラや悶々に油を注ぐことは防げるような気がします。

 

 

人間である以上、

生きてる以上、

エゴはなくなりません。

 

僕も不快になる時、当然あります。

でも、そんな時は

 

「これはほんとの自分じゃない。エゴが創り出してるに過ぎない。」

そう思うようにしてます。

 

実体があるようでじつはないんです。

エゴには。

 

 

“空”

ですね。

 

 

yuji

ちょっとした幸せ

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-16 11:20

ここのところ、少しだけ早起きをして歩いてます。

 

昨日は少し足を延ばして自然豊かな川沿いの道を歩きました。

 

偶然、カワセミを見ることができ、ラッキー♪

 

僕は、樹々の隙間からこぼれる光のラインが好きですが、

特に、少し湿気を帯びた朝の空気は、

光のラインをより際立たせ、美しく、そして鮮やかな情景を創り出してくれる。

自然の造形、凄いです。

 

なんか希望っていうか、活力のようなものと、

なにかに護られてるような、そんな神々しさのようなものも感じます。

 

うん、今日も大丈夫!

今日も楽しい一日の幕が開けてゆく!

 

 

空気も美味しく、ひんやりとした空気が残る朝の散歩道。

 

ちょっとした幸せ、感じます(^^)

 

 

yuji

変化を信じる

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-14 16:31

 


少し前に整体に来られたお客さま、1年ほど前から2か月に1回くらいのペースで来られるようになりましたが、

この1年、特にここ3ヶ月の間に随分手触りが変わってきました。

 

ストレスからくる不調をみる時のひとつの目安として、僕は背骨に沿った胃の裏側の辺の硬さでみます。

 

そのお客様、この部分、以前はすごく張ってみえました。

それが、前回から随分柔らかくなり、今回さらに柔らかくなってました。

 

伺ってみると、

ストレスも軽減され、体調はかなりよくなられたご様子。

 

さらに掘り下げて伺ってみると、

ご自分の中で、

「“物事のとらえ方が変わった”ことが、ストレスの軽減につながっているように思う。」

などと。

 

とても嬉しかったです。

 

僕の仕事は、お客様の不調に対して、ツボ押しやかいほうワークで、心と身体を緩解させること。

そして、骨格調整やストレッチで、本来あるべき状態に戻すこと。

その二つです。

 

でも、それは一時の改善に終わることもあります。

 

最終的には、僕らは何もできません。

お客様の中で、お客様ご自身の癒しが進むのを待つしかないのです。

 

そうした視点で言うと、僕らは何もできないのです。

 

お客様の治癒力を信じるだけ。

 

その治癒力の中でも、重要なファクターとなるのが、

 

『物事のとらえ方』

 

だと思っています。

 

ざっぱな言い方になりますが、

 

ネガティブな捉え方。

ポジティブな捉え方。

 

ネガティブなあきらめ。

ポジティブなあきらめ。

 

あると思いますが、

そのあたりが大きく治癒に影響するのでは、と思っております。

 

極論ですが、不調になるのも自分なら、治癒するのも自分なのですね。

 

 

以前は、

“自分が治す”と傲慢に息巻いてた自分がいましたが、

この頃は、ほんと自分は何もできないんだなと、つくづく思ってます。

 

なので、出来ることと言ったら、お客様自身の変化を信じることだけなんです。

 

信じることにブレがおきても、

疑いが出ても、

最後は信じ続ける。

それだけです。

 

こんなこと言ったら、こんな整体師に、身体を預けようなどと思わないかもしれませんね (;’’’’)

 

これは読まれたあなただけの秘密にしておいてください 笑

 

では、また (^^)

 

 

yuji


「笑いと自己肯定のWS」を終えて

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-10 8:59

 昨日は、「笑いと自己肯定をテーマにしたワークショップ」を開催しました。

 

 

参加者3名と僕ら二人で、計5名の会となりました。

 

じつはあまり構成を考えてなくて・・・

いつものことですが(;’’’’)

 

でも、参加者の皆さんに助けられ(今回ばかりかいつもですけどね 笑)、

 

また、参加者さんそれぞれタイプが違っていて、そこが絶妙に面白く、

自己満ですが、なかなか面白い会になったと思います (^^)

 

 

そしてあらたな気づきがありました。

 

笑いにはボケとツッコミがありますよね。

ボケとツッコミは真逆・両極、天然と養殖です。

 

そんな極な二人、

どちらか一人では成り立たないけど、

笑いという一つの舞台で共演という形で交わることで、笑いという化学反応が起きる。

 

そして、楽しい空気がどっと拡がっていく。

自分たちも楽しいけど、そのネタを拡散すればみんなで笑える。

 

*もちろん、悪意あって、ディスり目的であれば、本来の笑いの本質とはかけ離れてるので、違うと思いますが。

 

 

それぞれが自分の役割を認識しつつ、真逆の相手を認めることで成り立つ笑い。

これって凄いことですよね!

 

笑いの中に、価値観の違う相手を認める。

 

まさか、そんな壮大なテーマが隠れてたとは 笑

 

 

それと、

 

心から笑ってる瞬間って、悩みも不安もぶっ飛んでますよね。

頭は空っぽで、無になってるんです。

 

いわば

『マインドフルネス』状態

心は“今、ここ”にあるんです。

 

 

 

もし、ほんとは笑いたいけど、

 

「ボケるのが恥ずかしい」

「ツッコむのが恥ずかしい」

 

と思われる方がみえたら、全然大丈夫です。

なにせ、笑いは人を救うですから。

 

 

でも、どうしても恥ずかしいという方には、次の言葉を贈ります。

 

「旅の恥はかき捨て」

 

僕らは人生という長いスパンで旅をしているようなもの。

 

なので、旅の道中で起きる恥はすべてかき捨てなんです。

 

 

ワークショップの中で、

『ミッキー福笑い』というのをしました。

この画像が、参加者さん全員のです 笑

 

 

ミッキーさん、報酬もなくご出演頂き、ありがとうございました。

謝礼は、みなさんの笑い顔ということで、ご勘弁を 笑

 

 

yuji

三つのロゴス

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-7 17:51

 エンジニアだった若い頃、よく言われました。

 

「苦労は買って出るもの」

「一を聞いて十を知れ」

「仕事は見て覚えるもの」

 

大正生まれの方について仕事しましたが、ほんと厳しい方でした。

 

怒るとバール(長さ1.5mくらいの作業用、鉄の角棒)が飛んでくる。

大声で怒鳴られる。

昼休憩は、食事を終えたらすぐ仕事。

「えっ、まだ45分あるのに・・・」

みたいな 苦笑

 

そして仕事を終えた後は、毎日のように繰り広げられる酒宴。

反省会と言った方が近いかも (;''∀'')

 

あの頃、僕は今のようにお酒は好きでなく、自分の不甲斐なかったところを酒の肴にされたりすると、

「もうこんなオヤジにつきあってなんねぇ!!」

なんて真剣に思ったものです。

 

想像してみてください。

こんな酒宴、ぜんぜん楽しくないですよね 笑

 

何しろ、戦争でサイパンとかに行かれてたとかで、食べるものが無かったから、最後は自分の履いてた軍靴を煮て食べたという人ですから。

そりゃぁ、かなりぶっとい筋金、入ってました 笑

(補足:軍靴を食べた後、ひどく下痢されたそうです)

 

あの頃、しんどかったぁ・・・

一時、まじで会社に行くのが嫌になったくらいです。

 

 

でも、今思えばあの頃、厳しく鍛えて頂いたお蔭で仕事を覚えることができ、

仕事の楽しさを知ることができました

定年退職された後も、僕が結婚することをどこかで耳にされ、わざわざ祝儀を持ってきて下さったり、何かと気を遣って下さいました。

今では尊敬してますし、感謝しております。

 

 

でも、できれば苦労したくなかった、っていうのも本音 笑

 

「苦労は買って出るもの」

という価値観。

あの当時は珍しくなく、僕の勤めてた職場には、まだ根強く残っていました。

 

一理あるとは思います。

 

だけど、苦労をしなければ幸せは掴めない、なんてことはありません。

 

 

苦労するかしないかが重要ではなくて、

苦労した経験をどうやって今後の人生に生かしていくか。

どのように昇華させていくか。

それがないと、ただ辛かっただけの記憶で終わってしまいます。

苦労自慢で終わってしまいます。

なんも意味がないことであり、そこ、一番重要なとこ、じゃないかな。

 

では苦労した経験って、どのように生かさすことができるのでしょう。

僕みたく転職してしまえば、苦労して覚えた仕事もまったく意味を成しませんからね 苦笑

 

 

「う~ん、いま何の役に立ってるんだろう・・・」

 

考えてみたら僕の場合、その後の人生において、次の三つの言葉を教訓としてつかんだことかな。

それは、

 

「なにくそ」

 

「なんとかなる」

 

「まあ、しゃあない」

 

 

みなさん、窮地に立ったことって、

いままでの人生でありません?

 

そう言えばそんな時、僕は上の三つの言葉を使い分けてたこと、思い出しました。

 

この三つがあれば、たいがいのことは乗り越えられるものです。

いまだに。

いまは、「なにくそ」は、ほとんどなくなったか 笑

 

 

「なにくそ」

気持ちを鼓舞させるための神言葉

 

「なんとかなる」

気持ちを落ち着かせるための神言葉

 

「まあ、しゃあない」

執着を手放すための神言葉

 

 

これは、苦しい経験から培われた一番のギフト。

 

カッコよく言うと、僕にとってのロゴス(=神の言葉)です。

 

 

yuji

四柱推命

カテゴリ : 
General
執筆 : 
forest 2017-7-5 14:03

 

 

二月ほど前から四柱推命に興味を持ち、毎日、時間があれば四柱推命の勉強をしてます(^^)

 

四柱推命って何?

 

その前に少し陰陽五行についてお話しさせて頂きます。

 

僕が施術させていただいているのは“東洋整体”

東洋整体は、陰陽五行がベースにあります。

 

陰陽五行とは、

すべての事象は“陰”と“陽”相反するものがバランスをとって存在する。

そして、万物すべて“木”“火”“土”“金”“水”五つの要素により成り立っている、という漢方独特の概念。

 

超・超訳すると、そんな感じです 笑

 

ということで、

その陰陽と五行のバランスをとることで、心身の健康は保てるというところから、漢方や鍼灸、あるいはFORESTでさせて頂いている東洋整体なども生まれてきたわけです。

 

四柱推命とは、生年月日と生まれた時間・場所。

つまり、“年”“月”“日”“時”、四つの柱を立てて観ることから四柱推命と呼ばれています。

そして、そこから割り出した干支(甲乙丙丁・・・とか、子丑寅・・・とか)を、その陰陽五行にあてはめ、運勢を占うものです。

 

 

なぜ、いま四柱推命なのか?

前節で申し上げたように、陰陽五行は整体する上でも重要で、興味のルーツになっているので。

というともっともらしくて、かっこいい動機がつけられなくもないですが、

 

ほんとのところ、

ここにきて、なんとなく、 

“四柱推命”

学んでみたくなった。

 

って感じになったのが一番の動機です 笑

 

 

 

じつは僕、1ヶ月ほど前に、一度被験者として学んでみたく、とある先生の四柱推命を受けに行って来ました。

 

その先生が仰ったのは、

 

「これからの運気は58歳まで停滞してます。(仕事運)」

「頑張って、努力してやっと現状維持ができる。(仕事運)」

さらにとどめは、

「運気が停滞している時は、家で布団を被って寝ているのが一番(仕事運)」

など 笑

 

ようするに運気は使い切ったから、これからは何もせず、引きこもれと 笑

 

いったいどうやって、58歳までご飯食べていったらいいんだろう?

家のローンに店のローン。

妻と息子と猫をどうやって養っていけば。

いやいや、息子と猫はいいとして 笑

 

少し、具体性のあるアドバイスも頂きましたが、自分の中ではしっくりこず。

 

別にその先生がどうのってことは無いですよ。

素晴らしい先生だと思います。

 

良いことも悪いことも正直に言わなければ占いではない。

それを目当てに来られるクライアントが多いのもわかります。

 

当たる当たらないを、意識の真ん中に置くと、そうなって当然です。

ある意味、従来のやり方に沿って、王道の四柱推命をしてらっしゃるのでしょう。

 

 

でも、僕の中でその時、ある種の感覚が生まれました。

 

「うん、わかった、自分で勉強する!」

 

そして、

 

「受けられたお客様が前向きになれるような四柱推命を、提供させていただく。」

 

そんな想いが芽生えたのです。

 

 

手相でもそうですが、解釈の仕方は幾通りもあります。

 

解釈の違いで、吉ともなれば凶ともなるってことです。

 

そうやってみると、ほんととのところ、占いってなんだろう?

 

絶対当たる占いもなければ、当たらない占いもない。

ならば、

受けた後、心が少しでも前を向いて、

今後の人生を楽しくさせるため、

そんなきっかけとなる一石を投じることができれば。

そんな占いがあってもいいんじゃないか。

 

などと、小生、なんも知らないから言えるのかもしれないけど。

 

 

ということで、前振りが長くなりましたが、僕は独自で勉強し、FOREST流の、

「心が前を向く四柱推命」を創り、ゆくゆくは手相リーディングと抱き合わせた形の、占いコースを創ろうと思ってます。

 

 

来年には形にしたいと思っております。

その時はよろしくお願いします<m(__)m>

 

 

yuji

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